CSS Niteに係わる一連のエントリをさらっと読んで思ったこと

「CSS Nite」収支報告まとめ - 帰ってきたHolyGrailとHoryGrailの区別がつかない日記
今回の CSS Nite の件について - IT戦記
私は、id:amachang氏の熱が好きだ。
そしてキーワードは「やばい、これ儲かるぜウヒョー」なんだと思う。

今はまだうまく書けないけど、最近「仕事」についていろいろと考えている。その軸になる考えはこんな本からもらってきて補強しようとしている。

「良い仕事」の思想―新しい仕事倫理のために (中公新書)

「良い仕事」の思想―新しい仕事倫理のために (中公新書)

これも10年前か・・・ まあ、10年前から「仕事って何だよ?」という内なる葛藤というか、悶々とした思いがあって、最近時間があるもんだから、本をもう一回読み直したりして。

大切なのは仕事の対価として得られるお金以外の報酬なんだ。↑で問題にしているようなセミナーっていうのは本来、お金以外の報酬の炊き出しというか、分け合う場なんじゃないのかな。草の根というか儲け度外視で行われるのは「炊き出し」(あるいは「物々交換」)で、参加費を払って参加するようなのは「お金と交換」ぐらいか。で、今回は有料のセミナーだったんだけど、それが参加費とバランスしていないですよ? という所が「高すぎる」という事なんだと思う。

主催側の高慢な態度が不愉快だ、という話があるけど、きっとその参加費と得られる価値のアンバランスの原因を、そこに見てしまったからなんじゃないだろうか。「おまえら、そーゆー事か!」というか。多分主催側は自分達の開催するセミナーには「これぐらいの価値がある」と思っていたワケだけど、それが思い上がりが原因で、実際にはそんな価値ないじゃないか! と。

「主催者側の態度が高慢」というのは確かに不愉快だけど、セミナー自体に十分に価値があれば、まあガマンの範囲内なんじゃないのかな。「あのスピーチむかつくぜ!」とか「二次会最悪!」で終わっちゃう話だと思う。あとはまあ、価値を見出せるかどうか、というのは受け取る側がどう受け取るか、何を期待しているかによって変化するので、受け手次第という側面もある。そこの、主催者が伝えたい内容+聞いて欲しい層、と、実際にお金を払ってきた人+その人たちが聞きたい内容のミスマッチが、不幸の始まりだったのかな。

もし、競争原理が正しく作用するなら、そーゆーミスマッチを起こす企業というのは、そんなに長生きできないと思うけどな。支持が得られないんじゃ、そうそう長くは営業できない。と、信じたい。

あと、この件にはもうひとつ別の側面があって、そこもちょっと気になる。
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id:amachang はアニメオタやエロゲーオタを軽蔑したことが一度もないの?

んー、趣味嗜好について叩くってのは、どんな場であっても*1少なくとも件のイベント会場においては間違いだと思う。この時問題になるのはもっと古典的な価値観で、TPOに合った自己演出をする能力の有無なんだ。で、そこは技術イベントなんだし、「いままでコレでOKだったし、OKでしょ。」という思いでそれなりのカッコで出かけたら揶揄されてゲンナリと。そこがやっぱり「ミスマッチ」という事に繋がっていくと思う。

で、この今のWeb業界界隈では、技術を自分の価値観の中心に置いて活動する人と、ビジネスチャンスと捕らえてお金の流れをどう作るかを考える人たちが、こう、錯綜しているというか、そんな状態になっていると思う。「お金のにおいがする。」なんてコメントもどこかで読んだけど、それを象徴しているんじゃないかな。で、そこに不幸な出会いがあったと。

かっこよさの基準は人それぞれだけど、「多数派がかっこいいとみなす基準から外れていればいるほど馬鹿にされる」のは世の中の常です。 Shibuya.js に参加してる日本の東京あたりの Javascript エンジニアたちに限って「馬鹿にされない特権」があるわけじゃない。なんだよその思い上がりは。

この「多数派」というのは、全体からある集団を抜き取って観測した時には当然変化する。技術指向集団においては重要と思われない事が、ビジネス指向集団においてはとても重要で*2、問題になっているイベントは、この二つの集団がせめぎ合う微妙な場だったんじゃないだろうか。それに価値観なんて相対的なもんだし、それをお互いに否定しあうなんてのは、全然ハッピーじゃない。

「20代前半チャラチャラ遊んでいたチャラ男」が「アキバ系ダセェ」とか「クネクネしてねーでさっさとナンパしてこいよ非モテども」とか、自分と違う価値観のひとたちを見下したことがないとは思えないんだけど。

「見下した事がある」という事が、見下す事を肯定する理由にはならないんじゃないかな。人にはそーゆー感情があって、それが存在するのは、元のエントリのタイトルどおり「仕方がない」けど、積極的に「見下そうぜアハハ」と、肯定していくのはおかしい。

じゃあ、この件の落しどころはどこにあるのかというと、「公共」とか「公衆」という考えなんじゃないのかな。価値観は常に相対的ではあるけど、ある社会には社会通念として「ここでは、こーゆー風にするよね。」という、共通の価値観としての常識があるじゃない。同じ日本人なんだし、そこの所でうまく折り合っていくしかない。私はその場にいなかったからわからないけど、主催者が見下す態度をとった人たちって、そんなにヘンな格好だったのかな?

ついでに言うと、主催者側も子供なんだよ。そこで叩いたってしょうがない事を叩いていい気分になろうなんてさ。ビジネスでやってるならその態度を貫くべきで、ドレスコードに引っかかるような人たちには理由を説明して丁重に退場願うのが、それとわかる見下す態度を取る事の代わりにすることだったんじゃないのかな。それが出来ないという所に「ビジネスマンごっこで盛り上がる、渋谷あたりでベンチャーやってるチャラいオサレさん」という印象を持ってしまうんだけど、まあ、これもエンジニアからの偏見なのかもね。

*1:ここ消したのは、例えば2chなんかではそーゆー「遊び」もアリだなあ、と思ったので。あと、「なんだよあいつら!」って「思う」事は、全然フツウ。

*2:例えば室内楽とか。そーゆー所に自分のお金が使われた事に対する怒りも、「高すぎる」には含まれていると思う。まあ、そんなモノをやっちゃう時点で、技術的な何かは得られそうにないし、そーゆーイベントでもなかったっぽい感じですが。